◆S46.10.15 東京地裁 昭和33(行)103 懲戒処分取消請求事件(60)◇
教育改革によつて築かれた民主教育を破壊し、国家権力による教育の支配・統制を徹底する目的で行なわれたものであつた。
勤評規則制定の前後だけをみても、政府は、昭和三一年、教育委員会法を全面的に改悪し、地教行法を制定し、教育委員の任命制等教育の中央集権化を強化し、政府の教育政策が現場にまで直接及ぶ体制を確立し、昭和三三年には、学習指導要領の改訂を機に、これを文部省告示として、単なる教師の指導上の参考書からこれに法的拘束力を付加した。また、政府は、昭和三一年の教科書に対する直接支配を企図した教科書法案が世論の批判によつて廃案となつたあと、文部省令をもつて教科書調査制度をおき、教科書検定の強化による教科内容の統制を著しく強化するに至つた。当時、わが国の著名な学者の教科書は、文部省の学習指導要領違反や偏向教科書(いわゆる赤い教科書)であるとの理由で検定不合格処分にされ、良心的な教科書執筆者たちの多くは筆を折つた。教育の内容は、昭和二八年のいわゆる池田・ロバートソン会談に端的にあらわれたように、日本の軍国主義化を基礎づける愛国心や、象徴天皇を中心とする国民的まとまりの強調、忠君愛国的な色彩をもつ道徳教育の強化が重視されるようになつていつた。
このようにして、戦後の教育改革の基本である国民(生徒・児童)のための教育は、国家権力の政策遂行の手段としての教育に変わつてゆくのである。昭和三六年以降の全国いつせい学力テストは、こうした政府の意図した教育の生徒・児童への徹底であるが、勤務評定も、生徒・児童に対して決定的に重要な役割を果している教員が、学習指導要領や検定教科書の内容をいかに忠実に教えているかを評定することに、そのねらいがおかれていたのである。したがつて、勤務評定が行なわれる情況のもとにおいては、教育の生命ともいうべき、教育の自主性や創意工夫はそこなわれ、校長・指導主事その他の上司の顔色をうかがいながら、これに迎合する教育が行なわれざるをえないことになる。学者は、教育三悪として現行教科書検定制度・教員の勤務評定制度および全国いつせい学力テストをあげている(宗像誠也ほか・教師の自由と権利一九頁参照)。また、勤務評定の不当性は、日本教育学会の昭和三二年秋の勤務評定に反対する


